大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成10年(ワ)5722号 判決

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求(原告の求めた裁判)

被告は丙川建設株式会社に対し、金八億一一一四万〇六五三円及びこれに対する平成一〇年四月二日以降支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  当事者

原告は、昭和三九年一〇月六日から株式を有する丙川建設株式会社(以下「丙川建設」という。)の株主である(被告において明らかに争わない事実)。

被告は、当初は丙川建設の従業員(理事)であったが、原告の主張によれば平成六年に、被告の主張によれば平成五年六月一八日に同社の取締役に就任し、現在も取締役の地位にある。

二  請求の原因

原告が主張する請求の原因の要旨は次のとおりである。

1 株式会社丙川会館は、平成二年九月二八日に丁原松夫から東京都港区《番地略》所在の不動産を購入したが、代金の一部について支払を遅滞した。

2 被告は、丙川建設の経理担当の取締役であった戊田竹夫の指示を受けて、丁原と交渉のうえ、丙川建設から直接または間接に丁原に対し、右未払代金及び遅延損害金として合計八億一一一四万〇六五三円を平成三年一二月二五日から平成四年一二月三〇日まで九回に分割して支払った。

3 右支払額は、丙川建設の経常利益額及び税引後利益額に比較して多額であり、同社にとって商法二六〇条二項の重要なる業務執行ないし重要なる財産の処分に該当すると解すべきところ、右支払について、同社の取締役会の決議がされた事実はない。

4 よって、被告は丙川建設に対し、戊田の前記商法違反の行為に加功したことによる従業員としての任務違反の債務不履行責任として、丙川建設が前記支払により被った損害八億一一一四万〇六五三円の損害賠償義務がある。

5 株主代表訴訟の制度趣旨は、取締役が会社に対して負う責任について、会社が当該取締役との特殊な関係から責任追及をせず、その結果、会社及び株主の利益が害されるということがないように、株主が会社に代わって取締役の責任を追及する訴えを提起できることにしたものである。このような制度趣旨に照らせば、取締役が取締役に就任する前から会社に負担していた責任についても、会社が当該取締役の責任を追及することを期待し難い点は同様であるから、株主代表訴訟の対象となると解すべきである。

被告は、前記2の行為時は丙川建設の取締役の地位にはなかったが、現在、取締役の地位にあるから、前記損害賠償責任は株主代表訴訟の対象となる。

第三  争点に対する当裁判所の判断

一  株主代表訴訟の対象となる取締役の責任には、以下のとおり、取締役就任前の行為による会社に対する損害賠償責任は含まれないと解される。

1 株主代表訴訟の制度は、昭和二五年の商法改正(同年法律第一六七号)によって、取締役の責任の厳格化と株主の地位の強化の一環として導入されたものである。右改正においては、それまで不明確であった取締役の会社に対する責任の発生原因及び損害賠償額等について詳細な規定(同法二六六条)が設けられ、責任の免除の要件について原則として総株主の同意を要する旨加重がされ(同条五項及び六項)、責任の追及の制度について従来の総会の提訴決議または少数株主による提訴請求の制度に代えて株主代表訴訟の制度(同法二六七条)が導入された。

2 株主代表訴訟の制度が導入された前記経過に照らせば、株主代表訴訟において追及の対象となる商法二六七条一項所定の取締役の責任とは、前記改正の際に取締役の責任として明確化、厳格化された商法二六六条所定の責任及び同改正時に取締役の厳格化された責任として別個に認識されていた同法二八〇条の一三所定の責任を意味するものと解することが相当であり、取締役が会社に対して負担する責任の総てが株主代表訴訟の対象となるとする原告の解釈は採用できない。

株主代表訴訟の制度趣旨が原告主張のとおりであるにしても、取締役の会社に対する責任のうちどの範囲のものを同制度の対象にするかは、右制度趣旨とは別個の観点から決定し得る問題であり、右制度趣旨から取締役の責任の総てが当然に株主代表訴訟の対象となると解すべき必然性はない。前記法改正においては、前記改正経過に照らし、取締役の忠実、適正な職務の執行を担保するために必要かつ十分な範囲において、取締役の職務の執行に関連する行為による責任を厳格化して、その追及の方法として株主代表訴訟の制度を導入したと解することが相当である。

二  原告が本件訴えにおいて追及している被告の責任は、被告が取締役に就任する前に会社に対して負担した損害賠償責任であるところ、前記のとおり、このような責任は、株主代表訴訟の対象とはならないと解されるから、本件訴えは不適法な訴えである。よって、これを却下する。

(裁判官 中山顕裕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例